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哲学

ポイントの収集が楽しいのは

 ポイントの収集について。

 ポイントの収集とは、どうせ買うのならポイント付くほうがいいじゃん、のポイント。

 どうせ固定資産税や自動車税で何万円払うのだったらポイント付く方が良い。

 最近だと、アップルの初売り。

 どうせ何万円でアップル製品買うのであれば、ギフトカードを貰える方が良い。

 これらの何が嬉しいかと言えば、泡銭感があるのだ。

 だから、このポイントをクレジットの返済に充てるとか、お米やティッシュ、トイレットペーパーに変えるのは楽しくない。

 堅実な人生だが楽しくない。

 無駄なものを買っちゃうのが楽しいのだ。

 必需品のiPhoneを買って、もらったギフトカードでアップルTVを買っちゃうとか。

 無駄なものこそ楽しい。

 ふるさと納税も似たようなもので、お米やティッシュ、トイレットペーパーに使うのが堅実で、正解なのだろうが、つまらない。

 うなぎとかトロとか松阪牛に使うのが楽しいのだ。

 というわけで、バタイユの蕩尽論に惹かれる。

 無駄な物の消費を肯定してくれるので。

 実際はバタイユに逃げているだけだか。

 無駄なものの消費が楽しいと言うのであれば、ハイブランドの財布や時計の取得も楽しいと思わねばおかしいのだが、それほど惹かれない。

 これは私が捻くひねくれているからだろうか。

 本当は欲しいのだろうか、ロレックスとか、カルティエとか。

 ブランドはボードリヤールの消費社会論と親和性が高い。

 ボードリヤールはブランドが好きなのか?

 マルクス主義の影響があるからか、そのようなイメージは無い。

 アマルティア・センは貧困を救うような経済理論を説きながら、自分はフェラーリに乗っているという。

 我々のころはノーベル経済学賞をとったばかりだったのでセンが流行っていたこともあり、こんなことが言われていた。

 今ネットを検索してもこんな話は出てこない。

 ガセだったのだろうか。

 しかし、フェラーリを乗り回すアマルティア・センのイメージこそ素直で純粋なニンゲンなのかもしれない。