映画『ちいかわ』を観て、啓蒙の弁証法を思い出した話
映画『ちいかわ』を観て、啓蒙の弁証法を思い出した話
福利厚生600円で、家族4人で映画館へ
ちいかわの映画が流行っているらしい。
娘たちが「観たい」と言うので、家族で映画館に行った。
会社の福利厚生を使うと1人600円だ。
定価と比べればかなり安い。
ただ、家族4人で行くと考えると、そこまで安くはない。
ふと思う。Netflixなら定額で無制限に観られる。
これは最強の娯楽ではないか。
老後もこれさえあればいい。そんな気さえしてくる。
家賃や物価が安い地方に住んでも、ネット環境さえあれば娯楽には困らない。
そんなことを考えながら、映画本編の話に戻る。
面白かった。ただし後味が悪い
面白かった。
感情を強く揺さぶられた。
ただし、後味は悪い。
調べてみると、同じ感想を持つ人は多いようだ。
2026年7月公開の『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』は、離島を襲う怪物セイレーンをちいかわたちが討伐しにいく話だ。
ネット上のレビューを見ると、「怖い」「子供向けではない」「深い」という声が目立つ。
物語の前半と後半で、誰が悪者なのかが反転する構成らしい。
これが後味の悪さの正体、という考察もあった。
私も観ながら、誰の味方をすればいいのか分からなくなった。
名作は後味がいい、という仮説
「ショーシャンクの空に」や「バック・トゥ・ザ・フューチャー」は名作とされる。
理由の一つは、後味の良さだと私は思う。
観終わったあと、すっきりする。
一方でちいかわは真逆だ。
後味は悪いのに、なぜか記憶に残る。
この「悪さ」自体が評価されている空気も、ネット上にはある。
ちいかわは資本主義の縮図らしい
映画に限らず、ちいかわの世界観全体が「資本主義の縮図」と言われているようだ。
調べると、なるほどと思う。
ちいかわたちは「討伐」「草むしり」「シール貼り」といった日雇い労働で日銭を稼ぐ。
武器は自腹。失敗すれば報酬はゼロ。
怪我をしても治療費は自己負担だ。
労働に資格が必要な描写もあるらしい。
可愛いキャラクターの皮を被った、シビアな労働社会だ。
今回の映画を観て、私はこの「資本主義の縮図」という側面を強く感じた。
セイレーンで『啓蒙の弁証法』を思い出す
セイレーンの登場シーンで、ホルクハイマーとアドルノの『啓蒙の弁証法』を思い出した。
あの本には有名な挿話がある。
オデュッセウスは、聞くと正気を失うほど美しいセイレーンの歌声をどうしても聞きたい。
そこで部下の耳を塞ぎ、自分自身は帆柱に縛らせる。
アドルノたちは近代資本主義を批判するためにこの逸話を持ち出しているらしい。
オデュッセウスが資本家、部下が労働者だ。
命令する側は歌声(快楽)に溺れないよう自分を縛り、禁欲する。
従う側は耳を塞がれ、感覚を奪われたまま労働に専念する。
どちらも自由ではない。資本主義がそうさせている、という話らしい。
自由とは、欲望全開の状態なのか
学生時代、この理屈に引っかかった。
では自由で素晴らしい状態とは何なのか。
何のしがらみもなく、欲望を全開にできる状態なのか。
驚いたことに、どうやらその通りらしい。
だからドゥルーズは、資本主義に対抗するにはスキゾ(分裂症的)な状態が必要だ、と言っている。
そう私は理解している。
欲望を家族という小さな枠に閉じ込めず、外へ流し続ける。
そういう生き方が資本主義の外側を指し示す、という発想らしい。
子供向けアニメ映画からここまで話が広がるとは思わなかった。
閑話:私はアドルノが好きだ
ここからは完全に脱線する。
私はアドルノが好きだ。
中二病心をくすぐる要素が多い。
美学、哲学、ジャズ、消費、ナチス、ベンヤミン、社会研究所、スパイのゾルゲ、バタイユ。
インテリが憧れる左翼、というイメージがある。
学生時代から何度も理解しようとして、何度も挫折してきた。
全体的に暗い。そして眠くなる。
一方でベンヤミンは、最期こそ悲劇的だが、論調は明るく分かりやすい。
本物にはアウラ(一回性の権威)が宿る。複製にはそれがない。そんな話を軽やかに語る。
バタイユもエロスを語るぶん、まだ読みやすい。
アドルノは暗く、固く、つまらない。
そこまでして理解する必要があるのか、と自分でも思う。
それでもやはり読みたくなる。そして、また挫折する。
アドルノは沼だ。
学生向けの講義口調なら少しは分かりやすいかと思い、『否定弁証法講義』を買った。
最近出た『美学講義』も手元にある。
結局、どちらも眠くなる。
この沼を攻略するのは、老後の楽しみに持ち越すことにした。
まとめ
- 福利厚生(1人600円)でも家族4人だとそれなりの出費
- Netflix定額は老後も安泰な最強娯楽説
- 『映画ちいかわ』は面白いが後味は悪い(褒め言葉)
- 名作は後味の良さも条件の一つかもしれない
- ちいかわの世界=資本主義の縮図という評はかなり的確だった
- セイレーンから『啓蒙の弁証法』、そしてドゥルーズまで妄想が広がった
- アドルノは今日も沼。攻略は老後に持ち越す