携帯電話を使い始めたのが大学に入ってからだ。
高校時代はPHSが流行っていて、カシオのTETEでタダでメッセージのやり取りをしていた。
いわゆる一軍の人たちが。
私は一軍とは無縁なので持っていなかった。
ポケベルを持っていた人もいたと思うが、ほとんど記憶にない。
コメ2コメ2という言葉を知っているので、使っていたのだろうと思うだけだ。
2001年に早稲田に入って女性と初めて電話番号の交換をしたのは、言語のクラスで飲み会をやろうということになり、リーダー格の女性が、番号教えて、とクラスのみんなと番号交換をした時だ。
全員で番号交換会みたいな時間となったと思う。
彼女が番号を教えてくれるので、その番号にワンコールすることで電話番号の交換を行なった。
大学で初めて携帯電話を持った私は慣れておらず、教えてもらった番号の登録をもたついていると、みかでいいよ、ひらがなでいいよ、と教えてくれた。
フルネームを漢字で入力しようとしていた私は、言われるがまま、そんなものかと、と思い登録した。
確かにきっちり本名を漢字で登録する必要はないのだが、携帯初心者の私にはそのような感覚がなかった。
また今考えればワンコールしてからゆっくり登録すれば良いのだが、そこまで頭が回らなかった。
当時の早稲田大学は確か第二外国語に何を選ぶかでホームクラスのようなものが決まったと思う。
私は中国語を選んだので、第一外国語の英語と第二外国語の中国語は同じメンバーで授業を受けたのではなかったか。
外国語は他の大教室での講義と違い、コンパクトな人数で受講した。
中国語のテストは先生と会話するというもので、私はまあまあ真面目に出席していたがさっぱりできなかった。
それでも「良」かなにかをくれたと思う。
この会話のテストはできる人はできるし、できない人はさっぱりできない。
この光景を見て、言語の習得には才能があるのだということを悟った。
言語習得の努力を諦めた。
言語のクラスは一応ちょこちょこ授業で集まるが、他の講義は皆バラバラなので、そこまで仲良くなるという感じではなかった。
高校での文化祭や体育祭を一緒にやるような感じとは違う。
私は政治経済学部の経済学科だが、言語のクラスは政治学科の人と経済学科の人がごちゃ混ぜだったと思う。
完全に偏見だが、政治学科の人は金髪でローライズデニムを履いたイケイケのお姉ちゃんのような人が多かった印象がある。
ローライズデニムは2001年当時流行っていたのか?
当時は政治学科の方が少数精鋭等感じで偏差値もかなり高かかった。
金髪のお姉ちゃんがそんなに頭が良いとなると、私はある種の恐怖を感じた。
恐怖というよりかは畏怖というか、恐れ多くて近寄れない感じ。
あの政治学科のお姉ちゃん達は今頃どうしているのだろう。
省庁に入って、キャリアでバリバリ働いているのだろうか。
今メーカーで働いている私は会計士の監査対応をすることがあるが、会計士の女性には綺麗なお姉様が多い気がする。
しかも物腰柔らかい。
ここに学生当時の政治学科のお姉ちゃんを重ねてノスタルジーに耽ったりする。
全然関係ないかもしれないが。