ビートルズが面白いのは、ネタが尽きないからだ。
ネタが尽きないのは、ビートルズが人々を惹きつけ、多くのファンをつくるからだ。
宝塚ファンやアイドルファンもネタがあるうちは面白いだろうが、限界がある。
ビートルズの場合は、楽曲がいまだに研究され、当時だれがどのような発言をしたのかビートルズ関連本が発売され続けている。
楽曲についても、新たなミックスのバージョンが発売されたり尽きることがない。
これらのアウトプットに対してああだこうだ言いあうというのが一種の趣味というか、そのように機能している。
ビートルズのイエスタデイという曲1つに絞ると、どれだけネタが出てくるだろうか。
名曲ということもあり、いろいろな人がカバーしているため、誰のバージョンが一番良いだのという話はできるだろう。
しかし、名曲であるということがあまりにも一般的過ぎて、本当に自分がイエスタデイという曲を良いと思っているのかという感覚に襲われる。
初めてイエスタデイを聞いたかのように評価をしなければならない。
だが、2度と「初めて聞く」ということはできない。
これはどんなに優れた人でもできない。
ピカソの泣く女も、私自身が本当に良いと思っているのかはもはやわからない。
本物を見ずに語れない、という意見もある。
私は見たことがないが、オーラが違うとか。
美学という学問の話になってくるか。
ベンヤミンが絡んできて。
イエスタデイについては、初めて聞くことはできないが、本物を聞いたことはある。
ポールが2013年に日本に来たとき聞いた。
本物だなあ、という感慨はあったが、果たして私が良い曲と思っているかはわからなかった。
私はカレーライスが好きだが、2度と初めてカレーを食べることはできない。
カレーは味付けが異なるから、このカレーは好きだがこのカレーはそうでもないということはありうる。
ビートルズのイエスタデイは公式のスタジオ録音は一種類しかないであろうから、この問題は突き詰めれば答えが出るかもしれない。